記事をご覧いただきありがとうございます。
これからお話する内容はかなり赤裸々にお話しているので、もしかしたら嫌な気持ちになる人もいるかもしれないですが、私の当時のリアルな話を書いています。
週3回の母子通園の療育に通ううちに、気づけば心も体力も余裕がなくなり、些細なことでイライラがMAXに。
頭の中で「余裕がなくて~優しくなれな~い」という曲が(AIさんの曲)リピートするたびに涙が止まらない
そんな謎のループに陥っていました。
ごきげんママ子供の為なんだから、私が頑張らなくちゃ…
だけど…しんどいもんはしんどいっ!!!
この記事では、同じように療育に対して悩んだりストレスを感じていて
もし今、あなたが「自分の思いや考えは間違っているのか」と不安になっているなら、伝えたいです。
正解もないから間違いもないよ
偉そうにすみません。
だから、今のあなたは間違ってないよです!
そしてこの体験記が、同じように悩むあなたの「私だけじゃないんだ」と感じてもらえたら嬉しいです!
そして言いたい。仲間です!!と
信頼していた療育と、当時の状況
長男は年少から母子通園の療育がスタートしました。
母子通園なので次男と三男を預けて長男と週2回の療育へ。
・産後3ヶ月ぐらいしか経っていない
・三男は一時保育に
・次男はすでに入園したのでそのまま保育園へ
療育に通い出して、家庭や保育園でも長男の成長を感じ、通い始めてよかったと感じていました。
しかし、まさかの次男の療育も始まり、新しい仕事などいろんなことが同時進行で始まりました。
他にも通院や、言語療法などすでにいっぱいいっぱいでしたが、私が頑張ればなんとかなると思っていました。
そんな中、唯一の仲間であるはずの夫が私にすぐにキレてくる(あと小言も…本人は怒っていないといいますw)
さらに私の発言に対してまず否定から始まるか、正論をたたきつけてくるという状況で
もう誰も私に味方してくれる人も助けてくれる人もいないんだな…(じぃじばぁばは飛行機の距離で頼れない)
と、絶望を感じていました。
ごきげんママこれがいつまで続くの…(涙)
初めは長男との母子通園
長男が療育に行き始めたのは、心理士の先生のすすめと偏食と癇癪が強く出ているのと
本人はコミュニケーションのつもりだけど、他害に見える様な行動が見られていました。
長男の場合はASD(自閉スペクトラム症)の診断があり、知的は境界域でした。
- お友達に対する他害がなくなった
- 癇癪も自分で切り替えれる回数が増えた
- 食事のハードルが少し下がった
そのほかにも、いつも違う状況が起きても、長男なりに受け入れるようになったり
母親の私も子育てが楽になるヒントをたくさんもらい実践して成功体験をさせてもらいました。
さらに、親の忍耐も鍛えられたような気がします。
そんなこんなで療育に対して夫婦共々絶大な信頼を寄せていました。
長男が療育に通い始めたきっかけはこちらの記事です↓
次男の療育開始
そして、次男も療育が年少からスタートしました。
薄々感じていましたが、次男は発達検査などでASD(自閉スペクトラム症)と軽度知的障害の診断がでました。
診断については思っていたより軽めだったなという印象でした。
この発達検査から診断、療育手帳などについてはまた別の記事で詳しくお話したいと思います。
ちなみに次男はおとなしいタイプで、偏食や、強すぎるこだわりなどはなかったのですが…
- 線追いや感覚遊びが多め
- 自分の世界に入っていることが多い
- コミュニケーションは難しい
- 当時は「ママ」と言っていなかった
コミュニケーションをとるのが長男とくらべて難しかったので、汲み取りたくてもなかなか分かってあげれない部分もありました。
大人にはわかりにくい困りごとがあるかもしれないということで、母子通園の療育をスタートさせました。
ちなみに療育施設は長男と同じところにしました。
保育園ではどうしても丁寧に時間をかけて対応することが難しいので、
その点では療育で丁寧に対応してもらい、本人の「わかった!」が増えたような気がします。
私も自分だけでは気づけなった部分を療育の先生に気付かせてもらったりして
次男もとっても成長していると感じさせてくれました。
仕事と療育の両立と葛藤
当時、次男が療育を始める前に、長男と合わせて週にどれくらいの日数通うかの話し合いで
私は、長男週1+次男週1の計週2の通園を希望していました。
- フリーランスのYouTubeディレクターとして働き始めたばかり。
- 仕事と両立するためには、週2回の療育が限界だと感じていた。
元々、長男は週2回で通っていたため、もし次男も同じように週2回となると
合計で週4回も療育に通うことになります。
そうなれば、仕事を続けるのは到底無理だと判断しました。
専門家たちの意見の相違
この計画について、発達外来の先生に相談したところ、「長男くんはもう療育を卒業してもいいのでは?」というご意見もいただきました。
しかし、私としてはまだ心配な面もあったため、回数を減らして通わせたいという意向を、療育施設や保育園の方々にも伝えていました。
ところが、療育施設の先生からは、「長男くんの小学校進学を考えると、基礎的な力を身につけるために、このまま週2回通う方が良い」と言われました。
それはまさに正論でした。
ただ、私が在宅でフリーランスという働き方をしていることから
「時間の調整は可能でしょう?」という無言の圧力をかけられているように感じてしまい
この頃から療育の先生方との間に、少し距離を感じるようになってしまった気がします。
ごきげんママだって次男も療育行くんだよ?
覚悟を決めて、週3回の療育がスタート
結局、「自分が何とかするしかない」という結論に至りました。
「きっと何とかなる!」と、ある意味無理やり自分をポジティブに奮い立たせ、最終的に下記の形で療育をスタートさせる覚悟を決めました。
長男:週2回
次男:週1回
合計:週3回
「もう頑張るしかない。子どもたちの大事な時期なのだから。仕事は夜中にやるしかないな…。」
「でも、やってみれば何とかなるかもしれない!」
そんな思いを胸に、週3回の母子通園での療育生活が始まりました。
信頼していた先生の言葉に、心が折れた日
そんなこんなで、なんとか頑張りながら信頼する療育施設へ通っていたのですが、
ここで色々重なり始め、始まって半年たった頃、心に余裕がなくなっている中で
私なりに色々必死にやってきたけど
ボスからは「甘やかした結果が今の長男くんを作り上げている」「それのしりぬぐいの対応しているのは私たち」的なことを言われてしまい
療育の先生たちの言葉に傷つき、悩み始めました。
他にもショックな言葉を投げかけられました。
このままでは長男が犯罪者になる?
この頃、当時年長の長男が物騒な内容のオンラインゲームに夢中になっていました。(夫がハマっていたゲームの影響です)
その話を療育施設のボス(施設の責任者の方=ボス)にしたところ、ショックな言葉を告げられました。
「こうやって療育に通うお子さんの中には、現実とゲームの世界の区別がつかなくなる子が多くいます。大げさな話に聞こえるかもしれませんが、このままだと長男くんが将来、犯罪者になってしまう可能性が出てきます。」
その道のベテランいわば専門家からのその一言は、私の心に重くのしかかりました。
専門家の言葉と、母親としての自信の揺らぎ
私は、「うちの子は、現実とゲームの世界は違うと理解しているはずだ」と思っていました。
しかし、ボスからきっぱりとそう言われてしまうと
「もしかして、これは『うちの子に限って』という親の盲信なのだろうか…」と
急に大きな不安に襲われました。
元々、感情の表現が激しいタイプの長男だったこともあり
施設のボスからは、こうした厳しい指摘を時々受けるようになりました。
その結果、私は長男に対して、以前よりも神経質になり厳しくなっていたように思います。
焦りから生まれた、負の連鎖
保育園ではほとんど見られないのですが、家では長男が弟2人に対して容赦なく手をあげてしまうことがありました。
そのたびに、私は真剣に叱っているつもりでした。
しかし、心のどこかで「我が子を犯罪者にしてはいけない」という焦りや不安が入り混じり
結果として、感情的に激しく怒鳴りつけてしまっていたのだと思います。
- 「犯罪者にしてはいけない」という思いにとらわれすぎていた。
- 問題行動ばかりに注目して、必死に注意する毎日
- 「なぜダメなのか」という話ばかりで、できたことを褒めるという大切なことを忘れていた。
今思えば、あの頃は長男の良い面を見る余裕を失い
ただただ長男の行動を正そうと必死になるばかりでした。
覚悟の上の3人ですよね?
長男が間違いを犯さないようにと、私が必死になりすぎていた頃。
我が家は、まさに嵐のような日々でした。
- 子ども3人それぞれが、発達の課題、てんかん、アレルギーなどを抱えている。
- 成長段階もバラバラで、次男と三男のイヤイヤ期が同時に到来。
- 親1人に対して子ども3人という状況では、一人ひとりに丁寧に関わりたくても、物理的に限界だった。
そんな中、一番手がかかり、長男に対してつい感情的に怒りすぎてしまうことを療育の先生(A先生)に相談した時のことでした。
返ってきたのは、耳を疑うような一言でした。
「覚悟の上で、3人出産されたと思うんですが」
普段はそんなことを言うような先生ではなかったので
「どういう意図で言ったのだろう?」「もしかして、ボスに言わされているのだろうか?」と
頭の中で様々な考えが巡りました。
なんだかわかってて産んだんだからあなたの責任ですよね?と
言われたような気がしてショックでした。
言えなかった、心の叫び
もし、あの時、思い切って本音をぶつけることができたなら。私はきっとこう叫んでいたでしょう。
「覚悟の上で産みました。でも、一筋縄ではいかない子が3人も生まれてくるなんて、誰が予想できますか!」
「定型発達のお子さんを育てるのだって大変だと思うけど、発達に特性のある子の育児は、一味も二味も違うんだ!」
毎日、発達っ子たちと向き合っているプロなら、その大変さが少しは分かるんじゃないのかな…
そう思わずにはいられませんでした。
しかし、その言葉は私の心に深く突き刺さり、ただただ悲しい気持ちになりました。
すでに子どもを産み、3人中2人に診断がついている子供たちの子育てをしている私に対して
わざわざその言葉をチョイスしたのはなぜでしょうか?もうわかりません。
夫婦で話し合い、心から望んで授かった3人の子どもたちです。
その言葉は、私の母親としての覚悟や愛情までも否定されたように感じました。
当時の弱っている私にとっては、あまりにも辛い一言でした。
お母さん側でも対策できたんじゃない?
次に私に向けられたのは、「お母さん側でも対策できたんじゃない?」という言葉でした。
母子で通っていた療育施設では、お弁当に”チャレンジメニュー”として、子どもの苦手なものを一品入れるという取り組みがありました。
その日、私は長男の療育の後に、保育園での集団健診の予定を入れていました。
- 長男は、お弁当のチャレンジメニューに挑戦。(メニューは初めての物ではない。)
- これまでの経験から、食べ終わるまでのおおよその時間は予測できていた。
- その予測時間よりも、さらに余裕を持たせたスケジュールを組んでいた。
本人も頑張ってはいましたが、その日に限って、担当になったのは施設に来た少し経ったB先生でした。
まだ長男の性格や対応のコツをよく理解していないB先生を見て
長男は「この先生なら、食べなくても許してもらえるかもしれない」と思ったのかもしれません。
いつもよりかなり時間がかかってしまい、B先生も動揺している様子でした。
私から見た、それぞれの反応
結局、予定していた保育園の健診には間に合いませんでした。
B先生: 「うまく流れを作れなくて、すみませんでした」と謝ってくれた。
私: B先生を責める気持ちは全くなく、むしろ最後まで食べきった長男を「よく頑張った!」と誇らしく思っていた。
保育園: 事前に「療育の状況によっては間に合わないかもしれない」と伝えてあり、「大丈夫ですよ」と言ってくれていた。
ちなみに、この健診は園の定期健診だったので、もし行けなくても後日私が病院に連れて行けば済む話でした。
関係者全員が納得しており、私の中では長男がまた一歩成長した出来事として終わっていました。
信頼が崩れた、ボスの一言
しかし、しばらく経ってから、施設の責任者(ボス)に呼び出され、こう言われました。
「予定がある日だったのなら、チャレンジメニューを入れなくても良かったんじゃないですか?」 「これは、お母さん側でも対策できたんじゃないかな?」
正直、驚きのあまり「えっ…」としか声が出ませんでした。
全く予想もしていなかった言葉に、なんで?の気持ちでいっぱいになりました。
これまでどの先生が担当でも、大体同じ時間で食べ終えていたし、それを考慮しても十分余裕のある時間設定だったのに…
そもそも、その日の担当を決めたのは施設側ではないのか…?
チャレンジメニュー入れてないと、せっかく成功体験を積み上げているのに…
とか言われるのに?
そんな思いが頭をよぎりましたが、言い返すことはできませんでした。
あの日、担当だったB先生は、一体どんな報告をしたのでしょうか。(その日、ボスはお休みでした)
まるで、すべての原因が私にあるかのように判断された気がして、とても悲しい気持ちになりました。
そして同時に、信頼していたボスに裏切られたような気持ちにもなりました。
私はB先生を一言も責めていないのに、なぜ…。
この出来事をきっかけに、私はボスとB先生に対して、距離を置くようになりました。
日に日に増していく、子供の将来へのプレッシャー
療育の先生から投げかけられた「犯罪者予備軍」という言葉の数々が、私の心に重くのしかかっていました。
「母親がちゃんとできていないからだ」と指摘されているような気持ちになり、「なんとかしなければ」というプレッシャーの中で、ただ必死にもがいていました。
「私が楽をしたら、この子の将来がダメになってしまうのだろうか?」
この頃、週3回の療育は、思っていた以上に私の心身を蝕んでいました。
気づけば「もう療育をやめたい」と考えるようになっていました。
もちろん、子どもたちにとって今が大事な時期であることは分かっています。
幸せに生きていけるように、できる限りのことはしてあげたい。でも、私の心は「もう辛い」と悲鳴をあげていました。
完全に無くすのではなく、せめて一日だけでも回数を減らせないだろうか。
そう思い、夫に相談を持ちかけました。
きっと賛成してくれるだろう、そんな淡い期待を抱いて…
しかし、返ってきたのは思わぬ言葉でした。
「俺も、ボス(療育の責任者)と同意見だよ」
「味方がいない」と感じる日々
夫の言う「ボスと同意見」とは、つまり「この大事な時期に療育を減らしたら、将来、長男が犯罪の一歩手前のようなことをしでかすのではないか」という懸念でした。
私の行動一つで、長男の将来が悪い方向へ進むかもしれない。
まるで、とてつもないプレッシャーを一人で押し付けられているようで、本当に辛かったです。
思わず「パパはこの問題に対して、協力する気はないの?」と問い詰めると、夫もまた「正論」を並べ立てました。
「俺は仕事に行かないといけないんだから、動けるのはママでしょ?有給だってそんなにないんだから、行ける人が行くしかないじゃん」
ごきげんママ違う違う、違う。そーじゃなーい。
私が求めているのは、そういうことではないのに。
少しでも寄り添う言葉や、現実的に無理でも、どうすればできるだけみんなハッピーな選択ができるかを一緒に考えてくれるだけでも救われたのに…と思いました。
逃げ場がなくて辛い日々
週3回の療育で心身ともに疲れ果て、家では子どもたちに笑顔で接する余裕もない。
唯一の味方だと思っていた夫に「もう頑張れない」とSOSを出せば
「もっと頑張れ」と突き返される。
「私が手を抜いたら、長男は犯罪者になる」 そんな暗示をかけられているような状態で
毎日、理由もなく涙が溢れてくるほど落ち込んでいました。
それでも、一歩外に出れば、何事もないかのように笑顔を貼り付けて平静を装う。
そんな日々でした。
もう何もしたくない。何も考えたくない。
でも、「あの時もっと頑張っていれば…」と後悔する未来が来るかもしれない。
頭の中で同じ思考がぐるぐると回り続け、
それでもなんとか日々の家事と育児をこなしていました。
療育に行くたびに、動悸とめまい
そんな心身の状態での週3回の療育。
1週間が恐ろしい速さで過ぎ去り、フリーランスの仕事も満足にできなくなっていきました。
クライアントや関係者に迷惑はかけられないと、事情を話して
YouTubeディレクターの仕事は辞めることにしました。
しかし、私にとって仕事は「精神安定剤」のような役割も果たしていたのだと、失ってから初めて気づきました。
仕事がなくなってからは、ますます自分に自信がなくなり、人と話すことさえ怖くなっている自分がいました。
その頃から、些細なことで動悸が始まり、息苦しさやめまいを引き起こすようになりました。
療育に行っていても、途中でトイレに駆け込んでは気持ちを落ち着かせ
またみんな(他にも来ている療育ママ達)の輪に戻る、ということを繰り返していました。
実は、3度目となる円形脱毛症も発症し、これまでは半年もすれば生え始めていた髪が、この時は生え揃うまでに約3年もかかりました。
「自分のための味方」を作るという選択
やりたくないのに、やらなければいけないことばかり。
外にいても、すぐに涙がこぼれそうになる。
「ああ、私、今かなりまずいかもしれない。このまま心がポキッと折れたら、もう普通の生活は送れないかもしれない。」
という強い危機感を感じました。
昔から悩みやすい私は、自分の思考をグルグルさせる沼から脱出するために
自分の気持ちをマインドマップ(手書きだと直感的に書けるのでオススメ)にしてみたり
これもよくやるのですが、ネットで自分に近い症状を検索しまくり
客観的に自分を分析することに没頭しました。
そんな中、ある精神科医の先生の動画に出会います。
それは、同じように発達障害児の育児に悩む親御さんに向けたものでした。
「発達外来や療育は、あくまで『子どもの味方』です。だから、お母さん自身の味方として、メンタルクリニックに行くのは、全然アリな選択ですよ」
その言葉に、ハッとさせられました。
子どものことを真剣に考えてくれるのは、本当にありがたいことです。
でも、その母親である私が笑顔を失い、怒ってばかりいることの方が
よっぽど子どもにとって良くないのではないか?
自分のための味方を作ることは、決して悪いことじゃない。
そういう選択もありなんだ!と思うと、心がふっと軽くなるのを感じました。
実際にはまだメンタルクリニックには行けていませんが
「なぜ分かってくれないの?」とモヤモヤするのではなく
「そういう考え方もある」と割り切れるようになっただけでも、大きな進歩でした。
逆に「私の考えはこうなんだから、仕方ないじゃない。」と思えました。
覚悟を決めて、思いを伝えた結果
「もう、相手の反応に怯えるのはやめよう。私が何も言わないおとなしい母親だと思ったら大間違いだぞ!」
そう覚悟を決め、まずは夫に、そして療育の先生に、自分の思いの丈をぶつけることにしました。
夫にぶちまけた結果
夫に思い切って伝えたのは、「ここには味方がいない!このままじゃ辛すぎるから、実家に行きたい!」という言葉でした。
本気で離婚を考えていたわけではありません。
ただ、「私はここまで追い詰められているんだ」ということを、分かってほしかったのです。
この日を境に、夫は変わりました。
頭ごなしに私を否定することがなくなり、会話の中に寄り添う言葉が増えました。
不思議なもので、この頃から円形脱毛症の部分に、少しずつ髪が生え始めた気がします。
療育の先生にぶちまけた結果
直接会って話すと、他のお母さんたちの目もあるし、話だすときっと泣いてしまう。
その様子を見て子どもが不安になるのは避けたかったので、電話で伝えることにしました。
しかし、電話で本題を話し始めると感情が抑えきれなくなり、結局、泣きながらの電話になってしまいました。
電話口でA先生に「長男の療育を週2回から週1回にしたい」という本題をなんとか伝えると、
「後日改めて、直接じっくりお話を聞かせてください」ということになりました。
当日、A先生と責任者(ボス)を前に、私は「気持ちがいっぱいいっぱいで、家で子どもたちに優しくできないんです」と
正直な気持ちを話しました。
何か責められたり、「今が大事な時期だから」と説得されたりするのではないかと身構えていましたが
意外にもボスはこう言ってくれました。
「お子さんが体調を崩したらお休みするのと一緒で、お母さんだって、心が体調を崩したら休んでいいんですよ」
結局、長男の療育は週2回のままでしたが
「お母さんが元気な時に来てくれればいい」という形に落ち着きました。
(週1回にはしてくれませんでしたが…笑)
後悔と、気づき
自分の休みたい時に気兼ねなく休めるようになったものの
毎回「〇日は休みます」と療育と保育園の両方に連絡を入れるのは、正直少し気まずいものでした。
「私、今日も調子が悪いです」と公言しているような気がして、
申し訳ない気持ちと、何とも言えない微妙な気持ちがありました。
そして、長男の療育最後の2ヶ月は、「小学校に上がる前のラストスパートだ!」と
良かれと思って用事がない日は全て出席しました。
しかし、卒園の際に、長男が保育園の担任の先生に宛てた手紙を見て、私は胸が張り裂けそうになりました。
私が一切口出しせず、本人が書きたいことを書かせたその手紙には、こう綴られていたのです。
「もっとほいくえんにいきたかった」
頑張って通っていた療育は、もちろん長男を大きく成長させてくれました。
でも、私は、お友達と遊ぶことが何よりも楽しくなっていた長男の気持ちに、気づいてあげられていなかったのです。
どうなるか分からない未来への不安ばかりに囚われ、一番大切な「今」を見失っていたことを、深く後悔しました。
現在の私(ちょっと回復)
長男が小学校へ入学し、無事療育を卒業しました。
今は次男だけの療育(週2回)になったこと、そして何より
長男が毎日楽しそうに小学校へ通えていることが、私の心を少しずつ回復させてくれています。
先日、その長男がこう教えてくれました。
長男保育園もよかったけど、小学校の方がいいわ!
小学校に上がった長男は、身辺自立が急成長したり
落ち着いて物事に取り組めるようになったり、
様々なことにチャレンジしたりと、驚くほどの成長を見せてくれています。
時には、お兄さんらしい一面に、心がほっこりすることも。
とは言え悩みは尽きませんが、私にパワーをくれて、幸せな気持ちにしてくれます!
ありがとう長男♡
そして、ここまで長い文章を読んでくださって本当にありがとうございます♡
この体験談が、役に立つかは分かりません。
でも、「こんな風に悩んだり、立ち止まったりしたっていいんだ」と
今悩んでいるあなたの心がすこしでも軽くなれたら嬉しいです。
これの記事を最後まで読んでくれたあなたは、きっと頑張り屋さんで優しい方です。
なので、これからあなたはごきげんな毎日が過ごせるようになると、暗示をかけておきますね(^_-)-☆
それではまたっ!!

